栄養成分分析の実際
SUNATEC 第一理化学検査室
服部聰司
はじめに
食品の栄養成分分析を行う場合、その理由はいろいろありますが、大きく分けて食品の品質管理と成分表示があります。どの様な目的でも食品中の栄養成分を分析する際には、一般に『食品衛生検査指針』や『衛生試験法・注解』『五訂増補日本食品標準成分表分析マニュアル』『栄養表示基準における栄養成分等の分析方法』などが拠り所となります。今回は栄養表示に関わる分析法として『栄養表示基準における栄養成分等の分析方法』をとりあげ解説を行います。『栄養表示基準における栄養成分等の分析方法』には多くの項目がありますので、基礎的な栄養成分(水分、たんぱく質、脂質、灰分、炭水化物)、ミネラル、ビタミンについて解説します。
1.たんぱく質
栄養表示基準の方法では窒素定量換算法が採用されています。栄養表示基準の方法では、硫酸によって食品を分解し、分解によって遊離する窒素分をアンモニアに換えて測定するケルダール法が採用されています。何百種類もあるたんぱく質を総量で見るには有効な方法ですが、この方法を手作業で行うことは煩雑であるため、現在は自動化された測定機器が多く使用されています。ケルダール法により測定された全窒素を、換算係数を乗じてたんぱく質量としています。窒素たんぱく質換算係数は、平均的なたんぱく質の窒素含有量を約16%として6.25(=100/16)を使用します。食品の種類によっては、個別の換算係数が定められているものもあります。ただし、たんぱく質以外の窒素分を多く含む食品(緑茶、紅茶、コーヒーなどに含まれるカフェイン、ココアに含まれるテオブロミン)は、窒素分を別に定量して補正を行うことがあります。
2.脂質
栄養表示基準の方法での脂質の定義は『ジエチルエーテル、石油エーテルなどの溶剤に可溶な成分の総量を脂質とする』となっています。栄養表示基準の方法では食品中に含まれる脂質の形態や種類、共存物質の影響等によって抽出方法が分けられており、対象の食品によって抽出方法を使い分ける必要があります。また、脂質の分析方法は油脂そのものを測定しているのではなく、適切な方法で抽出されたものの重量を測定しているため、脂溶性色素成分などの脂質以外のものを測りこんでしまうことがあります。また、栄養表示基準の方法に収載されている方法は一般の食品を対象にしているため、食品添加物そのものなどで理論的には脂質が入っていなくても他の物質が脂質として測定されてしまうことがあります。
以下に各抽出法の概要を示します。
(1)エーテル抽出法
最も一般的な脂質の抽出方法です。円筒ろ紙に試料を採取し、ソックスレー抽出管を用いてジエチルエーテルで還流抽出し、溶剤を留去した残りの重量を測定します。食品の状態により前処理方法が幾つかありますので使い分けが必要です。比較的脂質含量が高く組織との結合の少ない食品に適しています。
(2)クロロホルム・メタノール混液抽出法
クロロホルム・メタノール混液で還流し不溶物をろ過したろ液を留去します。ろ液留去物に石油エーテルと無水硫酸ナトリウムを加え振とう後、遠沈し上澄みの一部を乾燥させ重量を測定します。リン脂質の多い試料に適用する方法です。
(3)ゲルベル法
試料を硫酸で分解し脂質を遊離させた後、遠沈して浮いてくる脂質の容量を測定する方法で、ゲルベル乳脂計などの専用器具が必要です。乳及び乳製品の成分規格に関する省令(昭和26年厚生省令第52号)で採用されている方法です。牛乳、脱脂粉乳や加工乳などの乳や乳製品に適用します。
(4)酸分解法
試料を塩酸で加熱し加水分解を行った後、マジョニア管などの専用器具が使用して、ジエチルエーテルと石油エーテルで抽出します。抽出液を乾燥させ重量を測定します。抽出時に不溶物が生成する場合は水による洗浄を行います。脂質分が組織と結合していたり、脂質が包含されている食品に有効な方法です。
(5)レーゼゴットリーブ法
脂肪球をアンモニアで分散させアルコールを添加した後、ジエチルエーテルと石油エーテルで抽出します。抽出液を乾燥させ重量を測定します。ゲルベル法と同様に乳や乳製品に適用します。国際的に採用されている方法ですので、ゲルベル法より一般的です。
3.灰分
灰分は『食品をある温度(550〜600℃)で灰化し有機物、水分を除いた残留物の量』と栄養表示基準では定義されています。灰分は有機物や水分を除いたものですので、無機質の総量(ナトリウムなどのミネラル分)と相関があるとされています。灰化時の温度、時間の条件によっては、有機物に由来する炭素が炭酸塩に変化たり、塩素の一部が失われることがあるので注意が必要です。灰化後の灰の量が少ない場合は秤量時の誤差が大きく影響することがあるので、灰化の温度と時間、恒量になっているかどうかの判断によっては過大、過少評価をする可能性があります。栄養表示基準の方法には『酢酸マグネシウム添加灰化法』『直接灰化法』『硫酸添加灰化法』が収載されています。どの方法も高温の電気炉で灰化しますが、いきなり電気炉で灰化することはせずに予備灰化などを行い徐々に灰化することが必要です。
(1)酢酸マグネシウム添加灰化法
灰化前に酢酸マグネシウムを添加し灰化することにより、灰化時のリン酸の影響を少なくする方法です。小麦などの穀物でリン酸を多く含む食品を灰化するときリン酸の影響で溶融が起こりますが、あらかじめ灰化する容器に酢酸マグネシウムを添加しておくことにより灰化時の溶融を防ぎリン酸の影響を少なくします。ブランクとして酢酸マグネシウムの灰化量の測定が必要です。
(2)直接灰化法
灰分では最も一般的な方法です。灰化容器に試料を採取し550〜600℃で灰化します。液体試料などは予備灰化する前に乾燥することが必要です。
(3)硫酸添加灰化法
精製された砂糖などに適用される方法です。カリウムなどの陽イオンが過剰の場合、有機物からの二酸化炭素と反応して炭酸塩を形成してしまい過大な評価になってしまいますが、硫酸を添加し硫酸塩を生成させることにより安定させて測定する方法です。この場合、硫酸灰分としての測定になりますので、若干の増加があります。また、栄養表示基準の方法の注意書きには『灰分の多い黒糖や粗糖蜜は過大に評価されるので、これらの試料への適用は望ましくない』とされています。
4.水分
水分は食品を構成する成分で最も一般的でかつ重要な項目の一つです。栄養成分の表示に関しては炭水化物や糖質が差し引きによって計算されるため、水分の誤差が直接的に影響し、熱量の計算にも影響を与えてしまいます。栄養表示基準の方法には『カールフィッシャー法』『乾燥助剤法』『減圧加熱乾燥法』『常圧加熱乾燥法』『プラスチックフィルム法』が収載されています。乾燥助剤法やプラスチックフィルム法は加熱乾燥法の補完的な方法とされています。注意書きには有機溶剤と試料を混ぜ合わせて、水分を共沸させる蒸留法も紹介されていますが、あまり一般的ではありません。水分の分析は多種多様な食品に対応しなければならないため、それぞれの食品に適した方法を選択する必要があります。栄養表示基準の方法には加熱乾燥法では加熱時間と温度、減圧か常圧かが細かく設定されています。
(1)カールフィッシャー法
水以外の揮発性成分が含まれていたり、水分の少ない食品、加熱により成分変化しやすい食品に適用します。カールフィッシャー法はヨウ素、二酸化硫黄とピリジンが水と定量的に反応してヨウ素を減少させることを利用して水分を測定する方法です。加熱乾燥法では水以外の揮発性成分も測定されてしまいますが、この方法では水のみを測定することができます。
(2)乾燥銃剤法
加熱乾燥法を補完する方法です。加熱により表面に堅い膜などが形成され、内部の水の蒸発が阻害される食品では、加熱前にケイ砂などと試料を混合することにより表面積を大きくし水の蒸発を補助します。主に粘質状、液状、ペースト状などの食品に適用されます。
(3)減圧加熱乾燥法
減圧加熱乾燥法は減圧することにより加熱温度を低くできることから、酸化や熱分解を低く抑えることができます。多くの食品に適用できますが、油脂分を多く含んでいたり、加熱により成分変化しやすい成分を含んだ食品に適用します。栄養表示の方法には適用する食品、減圧下での加熱時間や温度が載っています。
(4)常圧加熱乾燥法
水分測定の中では最も一般的な方法で、食品全般に適用できます。減圧加熱乾燥法に比べ減圧装置などの設備が必要ないため加熱乾燥器があれば比較的簡単に水分が測定できます。栄養表示基準の方法には適用する食品、加熱時間や温度が載っていますが、加熱により水分以外の成分変化が顕著な場合は他の方法で測定しなければなりません。
(5)プラスチックフィルム法
加熱乾燥法を補完する方法です。ポリエチレンフィルムに試料を薄く延ばして表面積を大きくし水の蒸発を補助します。主に粘質状、ペースト状などの食品に適用されます。
5.食物繊維
食物繊維は国内では「ヒトの消化酵素では消化されない食品中の難消化性成分の総体」とされています。栄養表示基準ではプロスキー法(酵素‐重量法)と高速液体クロマトグラフ法(酵素‐HPLC法)が収載されています。
(1)プロスキー法(酵素‐重量法)
プロスキー法(酵素‐重量法)は熱安定α‐アミラーゼ、プロテアーゼとアミログルコシダーゼの3種類の消化酵素を使用して、食品を順次消化させ、次いで4倍量のエタノールを加えて沈殿を生成させます。この沈殿物をエタノールとアセトンで洗浄し乾燥させたのち重量を測定します。重量測定後の沈殿物のたんぱく質と灰分を測定して重量から差し引くことにより食物繊維を求めます。
(2)高速液体クロマトグラフ法(酵素‐HPLC法)
高速液体クロマトグラフ法(酵素‐HPLC法)は低分子水溶性食物繊維を含む場合に適用されます。低分子水溶性食物繊維はプロスキー法(酵素‐重量法)の4倍量のエタノールでは沈殿を生じないため、プロスキー法(酵素‐重量法)でのろ過液を回収し、イオン交換樹脂によりたんぱく質、有機酸類や無機塩類を除去したものを高速液体クロマトグラフで測定をします。3糖類以上のものを食物繊維と定義していますが、具体的にはクロマト上でマルトトリオースを指標としてマルトトリオースと同じかこれより前に溶出するものを食物繊維画分と栄養表示基準の方法では定義しています。高速液体クロマトグラフでの食物繊維とプロスキー法(酵素‐重量法)での食物繊維を合わせたものが高速液体クロマトグラフ法(酵素‐HPLC法)の食物繊維となっています。
食物繊維の分析は食物繊維そのものを測定しているのではないので、理論上食物繊維とされているものでも一部が消化されてしまっていたり、定義に入らない成分が生成したりして、配合量と一致しない場合があります。
6.炭水化物・糖質
一般的に炭水化物は単糖を構成する有機化合物の総称とされています。食品には多種多様の炭水化物が含まれており、個々の糖を測ることは不可能であるため、栄養表示の方法では全体から水分、たんぱく質、脂質と灰分を除いたものを炭水化物とする『差し引き法』を採用しています。
糖質は食物繊維を加えない炭水化物ですので、炭水化物で差し引くものに食物繊維を加えたものになります。つまり、炭水化物から食物繊維を差し引いたものが糖質となります。
炭水化物や糖質を計算する場合、幾つかの注意点があります。核酸やレシチンを含有する食品などで、たんぱく質以外の窒素分を多く含む食品は、たんぱく質が過大に評価されるため、炭水化物・糖質が実際よりも低く評価されてしまいます。同様に、リン脂質を多く含む食品ではリンが脂質と灰分に重複して評価されてしまいます。他に、カルシウム含有食品では食物繊維を評価する際の灰分を正しく評価できないため、炭水化物や糖質が実際よりも低く評価されてしまいます。また、炭水化物の含有量が非常に少ない食品の場合、差し引くものの誤差が大きくなると水分、たんぱく質、脂質と灰分の合計値が100を超えてしまう(炭水化物がマイナスになる)ことがあります。
7.熱量
栄養表示の方法では、熱量の算出には、定量したたんぱく質、脂質及び炭水化物の量にそれぞれの係数を乗じたものの総和とする修正アウトウォーター法が採用されています。
具体的には、たんぱく質4kcal/g、脂質9kcal/g、炭水化物4kcal/gに加え、糖質4kcal/g、食物繊維2kcal/g、アルコール7kcal/g、有機酸3kcal/gです。
注意書きには、きくいも、こんにゃく、藻類、きのこ類は総エネルギー値に0.5を乗じて算出することが載っています。他にタンニン、カフェインやテオブロミンについても注意書きが載っていますが、考慮するかは任意となっています。他にも難消化性糖質や食物繊維素材のエネルギー換算係数が収載されており、考慮する場合は参考にすることになっています。また、同じ食品でも、考慮する成分によって熱量に差異が生じることがあるので、目的に応じて考慮を考える必要があります。
8.無機成分
(1)前処理方法
無機分析における前処理方法は、検体から測定元素を抽出する方法と妨害成分である有機物を除去する方法に大別されます。検体から抽出する方法の代表的なものとして、塩酸抽出法があります。有機物を除去する方法としては、乾式灰化法と湿式灰化法の2つが一般的です。これらの前処理方法は、検体の性質、測定対象である元素の種類により、適切に選択する必要があります。前処理方法の選択を誤ると、抽出不足、測定元素の揮散、測定における妨害成分の干渉などにより、精確な結果を得ることができません。また、測定対象となる元素の多くは、食品以外にも私たちの身の回りの物質に多く含まれていることから、試薬・器具を含めた試験環境からの汚染には十分注意する必要があります。
今回は無機分析における代表的な前処理方法である『塩酸抽出法』『乾式灰化法』『湿式灰化法』について、その特徴をご紹介します。
ア 塩酸抽出法
試料を抽出容器に採取した後、希塩酸を加えて振とうし、得られた抽出液について測定を行う方法です。ナトリウムやカリウムなどのイオン化しやすい元素を測定する際の前処理方法として用いられます。操作が簡便で、処理時間が短く、多検体の処理に適しています。しかし、油分が多い、粘度が高い、水に分散しづらいなどの性質をもつ食品には適用できない場合があります。
イ 乾式灰化法
試料をビーカーなどの容器に採取した後、電熱器や電気炉などで強熱して有機物を燃焼し、残った灰分を希塩酸に溶かして得られた溶液について測定を行う方法です。操作が簡便で、多検体の処理に適しています。また、様々な性質の食品に適応することができ、多くの無機成分の前処理方法として用いられます。ただし、乾式灰化は一般的に500℃程度の電気炉で行うため、高温で揮散してしまうヒ素や水銀などの元素を測定する際には用いることができません。また、処理は開放系で行われるため、試験環境からの汚染には注意が必要です。
ウ 湿式灰化法
試料をケルダールフラスコなどの分解容器に採取した後、硝酸、硫酸などの酸を加えて加熱し、有機物を酸化分解して得られた溶液について測定を行う方法です。比較的低温で処理できるため、高温で揮散しやすい元素の測定を行う際に用いられます。乾式灰化では燃焼しづらい試料でも、比較的短時間で処理することが可能ですが、操作が煩雑で多検体の処理が困難であるのと、試薬からの汚染に注意が必要です。また、試料によっては、酸と激しく反応することがあり、危険を伴うことがあります。
(2)測定方法
適切な方法で処理して得られた試験溶液を直接またはさらに処理した後、測定機器に供します。測定機器には様々なものがありますが、栄養表示基準の方法では吸光光度法、原子吸光光度法と誘導結合プラズマ(ICP)発光分析法が採用されています。今回は『原子吸光光度法』『ICP発光分析法』について解説します。
ア 原子吸光光度法
試験溶液をフレーム中に噴霧して測定元素を原子化し、測定元素固有の波長の光を透過させて、その光の吸収の度合いを観測することで、測定元素の濃度を調べる方法です。原子吸光光度法は広く金属分析に用いられており、ランニングコストが安く、測定時間が短いという長所があります。しかし、多元素同時分析ができない、測定元素ごとに専用のランプが必要であるなどの短所もあります。
イ ICP発光分析法
試験溶液をプラズマ中に噴霧して測定元素を励起させ、その元素が基底状態に戻る際に発せられる光の波長と強度を観測し、測定元素の濃度を調べる方法です。多元素同時分析が可能で、測定可能な元素が多く、ダイナミックレンジが広いという長所があります。一方で、ランニングコストが高く、測定時間も長いという短所があります。
次回はビタミンについて解説します。
参考図書
五訂増補 日本食品標準成分表分析マニュアル 建帛社
新食品分析ハンドブック 建帛社
栄養・食糧学 データハンドブック 同文書院
四訂 早わかり栄養表示基準 解説とQ&A 中央法規
|