食品に含まれる食塩濃度の分析方法について
一般財団法人 食品分析開発センターSUNATEC
第一理化学検査室 1.はじめに近年、健康志向の高まりとともに高血圧症、動脈硬化症、心筋梗塞や腎臓病などの生活習慣病予防、その他未病対策が注目されています。高血圧症の原因の1つに食品に含まれる食塩の過剰摂取が挙げられます。厚生労働省では、生活習慣病予防を目的として、ナトリウム(食塩相当量)について1日に摂る食塩摂取量目安の目標量を男性(12歳以上)は8.0g未満、女性(10歳以上)では7.0g未満としています1)。また、特定非営利活動法人 日本高血圧学会は、高血圧の予防のために血圧が正常な人や特に糖尿病や慢性腎臓病の人には、循環器病や腎不全の予防のためにも「1日6g未満」の食塩制限を推奨しています2)。このような理由から食品中の食塩含有量への関心は年々高まっています。 食品中の食塩の分析方法は、ナトリウムまたは塩化物イオンをそれぞれ基準成分として測定し、食塩濃度を塩化ナトリウム濃度としてを求めています。 ナトリウムを測定する方法には、原子吸光法、炎光光度法、イオン電極法などがあり、塩化物イオンを測定する方法には沈殿滴定法(モール法)、電位差滴定法、イオン電極法などがあります。これらの方法により測定したナトリウムまたは塩化物イオンから算出した食塩量は、食品中に含まれる共存成分の測定時の影響に留意する必要があります。例えば、旨味成分であるグルタミン酸ナトリウムや製麺時に使用するカンスイ、パンやケーキに使用するベーキングパウダー、酸化防止剤のアスコルビン酸ナトリウムなどがあり、また減塩対策として塩化ナトリウム含有比率を減らすために添加された塩化カリウムなど食塩に由来しないナトリウムと塩化物イオンが挙げられます。このため算出された食塩量は必ずしも塩化ナトリウム量と一致するとは限らない点に留意する必要があります3)。 今回は、塩化物イオンから食品中の食塩濃度を求める定量法として代表的な方法であるモール法および電位差滴定法について紹介します。 2.沈殿滴定法(モール法)モール法は一般的に食塩を添加した食品中の塩化物イオンの定量に適しています4)。具体的には検体(食品)に水または温水を加えて抽出した溶液を検液とし、指示薬としてクロム酸カリウム(K2CrO4)を用いて検液中に含まれる塩化物イオンを硝酸銀(AgNO3)溶液で滴定します。生成した塩化銀(AgCl)の溶解度はクロム酸銀(Ag2CrO4)の溶解度より低いため、検液中の塩化物イオンが全て塩化銀に変化した後、赤橙色のクロム酸銀が生成し始めた点を終点とし、硝酸銀溶液の濃度から塩化物イオン相当量を求めます3)。なお、この滴定では臭化物イオンやヨウ化物イオンなど塩化物イオン以外のものも反応するため、塩化物イオン相当量としています。 モール法は比較的簡易な方法ですが、注意点として、終点判定の変色を肉眼で行うため、検液の着色によっては終点判定が困難となることもあります。また、アミノ酸や有機酸などの成分が多量に含有しているとクロム酸銀の赤色の変色が鈍くなるため、硝酸銀の過剰滴下を招きその結果、測定値が過大になる可能性があります。さらにクロム酸銀は中性で生成して呈色するため、pH4.5~5より中性側の溶液に適用されます4)。
3.電位差滴定法電位差滴定法は、検液中に塩化物イオンとして3 mg以上/調製溶液を含むものを対象としており、食塩の含有量が少ない原材料中の塩化物イオンの定量にも適しています。 本法は硝酸酸性の検液中に測定電極である白金指示電極と比較電極を挿入し、撹拌しながら硝酸銀標準溶液で滴定し、生成した塩化銀(AgCl)の沈殿の滴定量(mL)に対する電位変化(mV)に対応する電位変化曲線を作成して当量点付近の電位変化から硝酸銀滴定の終点を求め、硝酸銀標準溶液の滴定量から塩化ナトリウム含有量を算出する方法です4)。 反応式: NaCl + AgNO3 → AgCl + NaNO3 利点としては、電気的な終点判定のため人的誤差もなく、検液の着色や少量の懸濁物が存在していても影響を受けず、味噌のような懸濁液でも測定可能です。ただし、電極が汚れやすく、適時細かいサンドペーパーで磨く必要があります。 計算例: 測定試料中の塩化物イオン量 (mg/100g) = M × F × 1.7725 × 100 ÷ S 測定試料溶液中の塩化ナトリウム量 (g/100g) = M × F × 0.0029225 × 100 ÷ S M:滴定に要した0.05 mol/L 硝酸銀標準溶液量 (mL) F:滴定に使用した0.05 mol/L 硝酸銀標準溶液のファクター S : 試料のサンプリング量 (g) 1.7725: 0.05 mol/L 硝酸銀標準溶液 1 mLあたりの塩化物イオン量 (mg) 0.0029225:滴定に使用した0.05 mol/L 硝酸銀標準溶液 1 mLあたりの塩化ナトリウム量 (g) つまり、塩化物イオンと塩化ナトリウム量との関係は、 塩化ナトリウム量(食塩量) (g/100g) =塩化物イオン量(mg/g) × (塩化ナトリウム分子量58.45 /塩化物イオン分子量35.45) ÷ 1000 4.まとめモール法と電位差滴定法は多くの食品の分析公定法となっており、ISOではチーズ(ISO-5943)に、全国食酢公正取引協議会では食酢の塩分分析法として採用されています。また、日本農林規格品質表示基準5)においてもトマト加工品、風味調味料、乾燥スープ、ウスターソース類、しょうゆの分析法に採用されています。公定法以外でも様々な食品の食塩濃度測定法は、試料の着色、pH、共存物質など様々な性質を考慮すると同時に、分析法の精度、測定範囲などの特徴と目的に応じて選択する必要があります。また、前述の通り、結果は塩化物イオン量を示し、必ずしも塩化ナトリウム量と一致するとは限らない点にも留意してください。 参考文献
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