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近年のカンピロバクター食中毒の特徴と
調理環境における二次汚染要因の考察 地方独立行政法人 大阪健康安全基盤研究所 微生物部 細菌課 総括研究員 中村 寛海 Campylobacter jejuni (C. jejuni)あるいはC. coliによって引き起こされるカンピロバクター食中毒は、それまで細菌性食中毒の主要な原因菌であったサルモネラ食中毒の事件数を2003年に上回って以降、現在も減少傾向は認められず(新型コロナ感染症の影響で食中毒事件総数が大きく減少した2020~2021年を除く)、20年以上にわたって細菌性食中毒の中で最も事件数が多い食中毒である(図1)。 ![]() 原因食品の多くは生あるいは加熱不十分な鶏肉の喫食によるものであるが1)、近年環境水を原因とする集団事例の発生も見られる。環境水を原因とする事例は古くから報告があり、1982年にカンピロバクターが食中毒の病因物質として届出対象の病原体になった数年後には井戸水や湧水などによるカンピロバクター症が発生している2)。これらの多くは塩素消毒が不十分の小規模な簡易水道が原因である。2025年4月に発生した簡易水道水によるカンピロバクター症事例では、近接する農業用水と水道水用の配水池との排水管が繋がっており、配管の詰まりにより農業用水が逆流して水道水に混入したことが原因とされている3)。また、2023年8月に発生した患者数892名におよぶ大規模なカンピロバクター食中毒事例では、患者は飲食店で提供された「流しそうめん」を食べており、流しそうめんに使用した湧水がカンピロバクターに汚染されていたことが食中毒の原因であった。原因となった飲食店は例年、夏期のみなど期間を限定して営業を行っていたが、この年の営業開始にあたり、湧水の水質検査を実施せず、未消毒のまま使用していた4, 5)。これら2事例において、農業用水や湧水がカンピロバクターに汚染されていた原因は明らかにされていないが、いずれの発生場所も山奥の自然豊かな土地で発生している。環境水によるカンピロバクター症事例の多くはこのような場所で発生することが多いが、本菌の水への汚染源としては主に野生動物(イノシシ、シカ、野鳥など)や家畜(ウシ、ブタ、ニワトリ)からの糞便汚染が考えられる。C. jejuniはニワトリやウシ、ブタが保菌していることはよく知られているが、カラス、スズメ、ハト、水鳥などの野鳥も保菌している。野鳥は環境水のカンピロバクター汚染に関わっていると考えられている。海外でもマウンテンバイクなどのレースで野生動物や家畜の糞便に汚染された泥水を浴びたり、転倒して口から泥水を摂取したことが原因のカンピロバクター事例が発生している6, 7) 。 厚生労働省の食中毒統計によると、2025年に発生した食中毒1,172件のうちウイルスによるものが467件(40%)、細菌によるものが315件(27%)寄生虫によるものが305件(26%)でその他が85件(7%)であった。近年はノロウイルス、カンピロバクター、アニサキスが食中毒事件の主要な病因物質を占めており、細菌性食中毒のうち7割をカンピロバクターが占めている(図1および図2)。 ![]() 最近では食肉の低温調理による鶏チャーシュー入りのラーメンや鶏レバ刺し、ガツ(ブタ胃袋)刺しによるカンピロバクター食中毒が発生している。低温調理は1970年代のフランスを発祥とする調理法で、焼く、煮る、蒸すに次ぐ「第4の調理法」と言われており、50~70℃程度の比較的低温に保って調理する方法である。低温調理器具の普及で近年は家庭内だけでなく飲食店等においても広く用いられるようになった。低温調理の際は、肉が中心部まで「十分に加熱されているか」を確認することが重要であるが、厚生労働省が示している「十分な加熱」の判断は、「75℃、1分以上」またはこれと同等な条件として「70℃、3分」「69℃、4分」「68℃、5分」「66℃、11分」「65℃、15分」とされている。低温調理を行う際は中心温度計を使用し、肉の中心部の温度をきちんと確認しなければならない。 2025年に届出されたカンピロバクター食中毒221件のうち173件(78.3%)の原因施設は飲食店であり、食中毒の約8割は飲食店で発生している。すなわち、飲食店で鶏の刺身やタタキなどを喫食することが食中毒の主な原因となっている。一方で、原因食品が特定されず原因不明として処理される事例も70%以上を占める8)。食中毒の原因が特定できない理由としては、発症までの潜伏期間が長い(1~7日程度)こと、発症菌量が数百個程度と少ないことに加えて、本菌が微好気性菌であり、空気環境下では増殖せず、むしろ徐々に死滅するため、原因食品やふきとり材料から培養法で本菌を検出することが困難であることが挙げられる。また、2005年に学校給食が原因のカンピロバクター食中毒が発生したが、本事例では調理時に鶏肉の「ドリップ」がそのまま喫食するサンドイッチの具を二次汚染したことが原因とされている9)。「ドリップ」とは、鶏肉を冷蔵や冷凍で長期保存することにより解凍の際に肉の内部から分離して出てくる液体のことであり、「ドリップ」には1滴に500程度のC. jejuniが含まれるとされる10)。筆者らは、カンピロバクター食中毒の発生に寄与する二次汚染要因を明らかにするため、焼鳥店や居酒屋などの飲食店8施設90検体のふきとり材料からC. jejuniおよびC. coliの分離・培養を行うとともに、カンピロバクター遺伝子の検出を試みた。その結果、調理環境のふきとり材料から培養により菌分離はできなかったが(鶏肉そのもののふきとりを除く)、複数施設のふきとり材料(まな板、調理台、冷蔵庫とっ手)からカンピロバクター遺伝子が検出されることを確認した。さらに、一部の施設由来のふきとり材料について、生菌由来DNAと死菌由来DNAとを区別することができる試薬(エチジウムモノアザイド)を用いてリアルタイムPCR法を実施した結果、冷蔵庫のとっ手から検出されたDNAは430 cfu相当のC. jejuni生菌に汚染されていたことがわかった。調理台やまな板から検出されたカンピロバクター遺伝子は死菌由来と考えられた。冷蔵庫のとっ手はカンピロバクター汚染を受けやすい場所であり、調理作業中に二次汚染を引き起こす要因の一つになっている可能性が推察された。カンピロバクターの二次汚染に関しては、生の鶏肉を水道水で洗浄することにより、シンク内やまな板、ふきんなどの調理環境がカンピロバクターに汚染されることが報告されている11)。さらに、C. jejuniとC. coliの混合菌液で汚染させた生の鶏肉を取り扱った手を洗わずにそのままレタスを塩で味付けすると、塩を介してレタスからカンピロバクターが検出されること、カンピロバクターが塩の中で4時間以上生残し、加熱せずに提供される食品への二次汚染要因となることが明らかにされている12)。カンピロバクター食中毒を発生させないためには、調理時に生の鶏肉を水道水で洗浄しないこと、調理環境中で生の鶏肉を取扱う際に手や調理器具、ドリップを介して食品を二次汚染させないよう細心の注意を払う必要がある。 参考文献
略歴
中村 寛海 地方独立行政法人 大阪健康安全基盤研究所 微生物部 細菌課 総括研究員
大阪市立大学生活科学部 食品栄養科学科 卒業 大阪市立大学大学院 生活科学研究科 後期博士課程 修了 博士(生活科学)、管理栄養士 大阪市立環境科学研究所に奉職、組織改編のため地方独立行政法人 大阪健康安全基盤研究所 微生物部細菌課 令和7年4月より現職の総括研究員 日本食品微生物学会理事(令和8年1月より)、日本カンピロバクター研究会監事(令和5年12月より)、内閣府食品安全委員会薬剤耐性菌WG専門委員(令和6年4月より) サナテックメールマガジンへのご意見・ご感想を〈e-magazine@mac.or.jp〉までお寄せください。 |
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