食品中のクロム、セレン、モリブデンについて

一般財団法人 食品分析開発センターSUNATEC

第一理化学検査室

1.はじめに

体内に必要な無機質(ミネラル)の事を必須ミネラルといい、必要な量により主要ミネラルと微量ミネラルに分けられます。ミネラルは生体組織の構成や生理機能の維持・調節に関与していますが、人間の体では作る事が出来ないため食物などから摂取する必要があります。ミネラルの中には通常の食生活では不足しがちなものもあるため適宜サプリメント等で補うことが一般的となっていますが、過剰な摂取は逆に健康を害する恐れもあり、「日本人の食事摂取基準」では13種類のミネラルに摂取基準を設けています。今回は微量ミネラルのうち、クロム、セレン、モリブデンについて紹介します。

2.クロム、セレン、モリブデンの役割

1)クロム

クロムは元素記号Cr、原子番号24の元素です。体内では糖質や脂質の代謝、たんぱく質合成に関与しており、たんぱく質分解酵素の一成分でもあります。クロムは様々な動植物性食品に含まれているため通常の食生活で不足する事はまずありませんが、欠乏すると耐糖能異常が起こり、長期にわたる過剰摂取では嘔吐、肝障害、中枢神経障害などが起こる可能性があります。またクロムの体内吸収率は0.5~2%程度と低く見積もられており、過剰摂取に至る可能性は低いと考えられています。

 

2)セレン

セレンは元素記号Se、原子番号34の元素で、体内では酵素やタンパク質の一成分として存在し、抗酸化反応において重要な役割を担っています。セレンは動物性食品、植物性食品いずれからも供給されますが、特に魚介類は優秀なセレン供給源となっています。セレンは通常の食生活で不足することはまずありませんが、欠乏すると過酸化物による細胞障害が起こると考えられており、低セレン地域である中国東北部に見られる克山病(心筋梗塞の一種)や中国北部やシベリアの一部に見られるカシン・ベック症(地方病性変形性骨軟骨関節症)などがセレン欠乏症として知られています。また、慢性的な過剰摂取により爪の変形や脱毛、胃腸障害、下痢などが起こる可能性があります。

 

3)モリブデン

モリブデンは元素記号Mo、原子番号42の元素です。体内では肝臓と腎臓に多く存在し、酸化還元反応を触媒するキサンチンオキシダーゼなどの補酵素(モリブデン補欠因子)として機能しています。食品では植物性の製品やレバーなどに含まれており、特に穀類や豆類には豊富に含まれます。日本人は穀類や豆類の摂取量が多い傾向にあるため不足する事はまずありませんが、欠乏すると頻脈や多呼吸などの症状が見られます。また、慢性的に過剰摂取すると関節の痛みや高尿酸血症などが引き起こされますが、モリブデンは摂取しても速やかに排泄されるため、健康な人では通常の食生活で過剰症が問題となることはほとんどありません。

3.分析方法

「食品表示基準について」における「別添 栄養成分等の分析方法等」では食品表示基準 別表第9第3欄に掲げる栄養成分等の測定及び算出の方法の詳細を定めており、クロム、セレン、モリブデンにはそれぞれ複数の分析方法が収載されています。中でも誘導結合プラズマ質量分析法(以下、ICP-MS法)は、日本食品成分表2020年版(八訂)が公表され新たな栄養成分等の分析方法等が追加されたことなどを踏まえて、「食品表示基準について」第25次改正においてクロム及びセレンに新しく追加された方法であり、3元素共通の分析方法になります。ICP-MS法は検出感度が高く、微量ミネラルの測定が可能な分析方法であり、混合標準溶液を使用することで3元素の一斉分析が可能です。図1にICP-MS法の操作フローを示します。

 

ICP-MS法の試料溶液の調製方法として、食品表示基準にはマイクロ波分解法が収載されています。マイクロ波分解法は試料と酸の入った容器を密閉し、マイクロ波を照射して高温高圧条件下で試料を分解する方法です。一度に処理できる試料の量は少ないですが、閉鎖系の制限された空間で分解を行うため使用する酸の量が少なくて済む他、環境からのコンタミネーションを抑える事ができ、試料中の微量ミネラルの測定に有用な方法です。クロム、セレンの分析では環境からのコンタミネーションの影響を低減するためあらかじめ酸で洗浄した容器を使用する事が推奨されています。

4.まとめ

必須ミネラルとは体を構成するのに必要な無機物(ミネラル)の事を指し、主要ミネラルと微量ミネラルに分けられます。微量ミネラルの一種であるクロム、セレン、モリブデンは体内で代謝や様々な酵素の一成分として機能しており、一般的な日本人の食生活であれば大きく不足する事のないミネラルです。様々な食品から摂取が可能であり、適当な量の摂取が求められます。

参考文献

1)
国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所 ミネラルについての解説
https://hfnet.nibiohn.go.jp/mineral/
2)
厚生労働省 日本人の食事摂取基準(2020年版)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/eiyou/syokuji_kijyun.html
3)
消費者庁 食品表示基準に係る通知・Q&Aについて
https://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/food_labeling_act/#qa
4)
公益社団法人日本薬学会編 衛生試験法・注解2020