食品中のリンについて

一般財団法人 食品分析開発センターSUNATEC

第一理化学検査室

1.はじめに

体内に必要な無機質(ミネラル)のことを必須ミネラルといい、必要な量により多量ミネラルと微量ミネラルに分けられます。ミネラルは生体組織の構成や生理機能の維持・調節に関与していますが、人間の体では作ることが出来ないため食物などから摂取する必要があります。不足すると欠乏症を引き起こす可能性がありますが、過剰な摂取によっても健康を害する恐れがありバランスよく摂取することが重要です。今回は多量ミネラルの1種であるリンについて紹介します。

2.リンの役割

リンはカルシウムとともに歯や骨格の形成に使用されるほか、ATP(アデノシン三リン酸)や細胞膜リン脂質、核酸の構成成分としてエネルギー代謝や脂質代謝などに関与するミネラルです。植物性、動物性を問わず多くの食品にある程度の量が含まれており、日本人の主食である穀類にも比較的多く含有されるため通常の食生活ではリンの摂取不足はまず問題になりません。一方で食品添加物として多くのリン化合物が用いられており、実際には国民健康・栄養調査の報告よりも多くのリンを摂取していると考えられることや、慢性腎臓病ではリン摂取の制限も考慮されていることから不足や欠乏の予防よりも過剰摂取の回避が重要になるとされています。過剰症としては腎機能の低下、副甲状腺機能の亢進、カルシウムの吸収抑制などのリン・カルシウムの代謝異常が起こることが知られています。

3.分析方法

「食品表示基準について」における「別添 栄養成分等の分析方法等」(以下、通知法)に収載されたリンの分析方法は①バナドモリブデン酸吸光光度法、②モリブデンブルー吸光光度法、③誘導結合プラズマ発光分析法の3種です。どの方法でも試料中の有機物を分解除去して試験溶液を調製する操作は共通であり、高温の電気炉で酸化分解する乾式灰化法、又は硝酸や硫酸などの強酸化剤で加熱分解する湿式灰化法を使用します。今回は試験溶液調製後の各試験法の原理や注意点を紹介します。

①バナドモリブデン酸吸光光度法

試験溶液を発色試薬と反応させ、分光光度計で吸光度を測定する方法です。メタバナジン酸アンモニウムとモリブデン酸アンモニウムを水に溶解した発色試薬に中和した試験溶液を添加すると、試験溶液中のオルトリン酸がモリブデン酸と反応してリンモリブデン酸となり、次いでバナジン酸が結合してモリブドバナドリン酸を生成します。モリブドバナドリン酸は安定なコロイド様の黄色を呈するため、分光光度計で波長410 nmにおける吸光度を測定することでリン含量を求めることが出来ます(図1)。

 

 

バナドモリブデン酸吸光光度法は後述するモリブデンブルー吸光光度法に比べて感度は劣りますが、呈色の安定性に優れており試薬濃度、共存物質の影響が小さいという特徴があります。またオルトリン酸が発色試薬と反応する方法のため、試験溶液を調製する際にリンがピロリン酸などの状態で存在する場合には硝酸少量を加えて煮沸などを行い、全てのリンをオルトリン酸に変換する必要があります。

②モリブデンブルー吸光光度法

①と同様にオルトリン酸が発色試薬と反応する方法で、発色が強く感度が良いため微量のリンの定量分析に適した方法です。試験溶液を中和した後、モリブデン酸アンモニウムと酒石酸アンチモニルカリウム、硫酸、スルファミン酸アンモニウムを水に溶解した発色試薬とアスコルビン酸溶液を添加することで試験溶液中のオルトリン酸とモリブデン酸アンモニウムが反応してモリブドリン酸を生成し、さらにアスコルビン酸で還元することでリン含量に応じて青色(モリブデンブルー)に呈色します。分光光度計で波長880 nmにおける吸光度を測定してリン含量を求める方法です。

注意点としては①と同様に試験溶液中のリンを全てオルトリン酸に変換する必要があること、中和後の溶液中の酸濃度に発色が左右されるため中和操作に注意が必要なことが挙げられます。また共存物質の影響を受けやすいという特徴もあります。

③誘導結合プラズマ発光分析法

誘導結合プラズマ(Inductively Coupled Plasma:ICP)発光分析法は、励起状態の原子が基底状態に戻る時に発光することを利用した分析方法です。「誘導結合プラズマ」の英語の頭文字を取ってICP発光分析法と言われることがあります。原子から放出される光の波長がその原子に固有であることと光の強さが原子の濃度に比例することを利用して、放出された光の波長とその強度を測定することで試料溶液中の原子の種類と濃度を求めます。なお、通知法ではリンの測定波長は213.618 nmとされています。

ICP発光分析法では上記2つの方法のようにリンの形態を揃えたり発色試液を添加したりする必要はありませんが、試料溶液の元素組成の影響などにより物理的あるいは分光干渉を受ける可能性があります。そのような場合には内標元素による補正や測定波長を変えることが認められています。

4.まとめ

リンは歯や骨格の形成に使用される重要なミネラルですが、食品添加物として多くのリン化合物が用いられていることから欠乏の予防よりも過剰摂取の回避が重要とされています。通知法にはリンの分析方法として吸光光度法2種とICP発光分析法1種の3種類の方法が収載されています。

参考文献

1)
国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所 ミネラルについて
https://hfnet.nibiohn.go.jp/mineral/detail655/
2)
厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2025年版)」策定検討会報告書
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_44138.html
3)
消費者庁 食品表示基準について(平成27年3月30日消食表第139号) 
https://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/food_labeling_act/#qa
4)
栄養表示のための成分分析のポイント p.153~159 20 リン
中央法規出版株式会社(2007)
5)
食品分析士 公式テキスト 3級
一般財団法人 食品分析開発センターSUNATEC (2022)