おいしさと香り ― 感覚から科学へ ―

微生物検査室 事業開発チーム

1. はじめに

1984年から1986年にかけて実施された特定研究「食品機能の系統的解析と展開」において、食品の機能は栄養機能を一次機能、感覚機能を二次機能として整理された。さらに、食品には生体調節機能(三次機能)があることが提唱され、三次機能を有する食品は「機能性食品」と定義された。1)

栄養素やエネルギー(熱量)を供給する一次機能、生体制御や健康の維持・増進といった三次機能は、健康志向が高まる現代において、食品に当然のように求められる要素となっている。一方で、味や香りといった「おいしさ」に関わる感覚機能は必須機能ではないものの、生活の質を高めるために今や欠かすことのできない重要な要素となっている。高度経済成長期以降の日本では、外食産業の発展や輸入食品の増加、加工食品の普及などにより食の多様化が進み、いわゆる「飽食の時代」を迎えた。現代では、消費者が食品を選択する際、「おいしい食品」であることは重要な条件の一つとなっており、企業には高いレベルで安定したおいしさの提供が求められている。

2. においの評価の難しさ

味覚には「甘味・塩味・酸味・苦味・うま味」という基本味があることは広く知られている。一方、これに相当する嗅覚における共通の「基本におい」と呼ばれる分類は、現在のところ明確には定義されていない。

どのような味を基本味と呼ぶかについては、以下の条件を満たすかどうかが指標とされている。2)

① 明らかに他の基本味とは異なる味であること

② 特殊な物質にのみ由来するのではなく、普遍的に存在する味であること

③ 他の基本味を組み合わせても再現できない味であること

④ 神経生理学的に、他の基本味とは独立した味であることが証明されうること

これらの条件をにおいに当てはめて考えると、「基本となるにおい」を定義することがいかに難しいかが分かる。においの快・不快や特徴を表現する語彙やイメージは、においの強度(濃度)、これまでの経験、文化的背景に強く依存することが知られている。においは五味のように普遍的に共有できる表現が難しく、さらに、においを感じる閾値も個人差が大きい。このため、においの表現は個人の経験や語彙力に依存する傾向が強いことが、心理学や嗅覚研究の分野で広く報告されている。たとえば、スカトールは、高濃度では「糞便」や「生ゴミ」のような不快臭として認識されることが多い。しかし、低濃度ではジャスミン様のフローラルな香りを呈することが知られている。また、イソ吉草酸は単独では「蒸れた古靴下」や「足」のような臭気として表現されるが、バニリンを加えることで「チョコレート」のような甘い香りを示すことが報告されている。3)

3. においを感じるメカニズム

ヒトの嗅覚受容体は約350種類存在しているとされているが、におい物質の種類は数万から数十万におよぶと考えられている。受容体の数だけではにおいの受容メカニズムを十分に説明できない。嗅覚では、受容体とにおい物質の対応は一対一ではなく、あるにおい物質が複数の受容体を活性化し、また一つの受容体が複数のにおい物質によって活性化される。この組み合わせパターンによって感じるにおいの質が変化し、人はにおいを識別している。4)

さらに、複数のにおい分子を同時に受容した場合でも、それぞれのにおいの単純な総和として知覚されるわけではなく、全く異なる情報として伝達されることがある。におい分子は受容体を活性化するアゴニストとして作用するだけでなく、他のにおい分子の受容を阻害するアンタゴニストとして作用する場合もあると考えられている。このため、複数のにおい分子が存在すると、個々の香りとは全く異なる香りとして感じられることがある。5)

香りの感じ方には、オルソネーザルと呼ばれる鼻から直接鼻腔に入るにおい(いわゆる「香り」)と、レトロネーザルと呼ばれる、食べ物を口に入れた際に鼻咽腔を通って鼻腔へ逆流して感じるにおい(いわゆる「風味」・「口中香」)の二つの経路がある。5)(図1)

オルソネーザルは、空気中の揮発性成分が鼻孔から吸気とともに入り、嗅上皮に到達することで知覚される。香水の香りやコーヒーを淹れた際の香りなどがこれにあたり、食品の第一印象(トップノート)を決定づける重要な要因である。

一方、レトロネーザルは、食品を噛んだり飲み込んだりする際に、口腔から鼻腔へ揮発性成分が移動し、嗅上皮に到達することで知覚される。これは味と香りが統合された「フレーバー」の主要な要素であり、チョコレートを噛んだときに広がるコクや、ワインを飲み込んだ後に鼻へ抜ける余韻などが該当する。

 

図1. におい物質を感じる経路

 

同じ香気成分であっても、食品の温度やテクスチャーなどによって香気成分の放散が変化し、オルソネーザルとレトロネーザルは異なる印象を与えることが多い。喫食時の満足感や嗜好性に強く影響するため、食品開発においてはレトロネーザルが特に重要であるとされている。

4. 香りについて理解する 「感覚要因 × 発生要因 × 化学要因」

食品のにおいは、①感覚要因(どのように感じるか)、②発生要因(なぜ発生したか)、③化学要因(どのような化学構造か)の三つの視点を組み合わせることで、より深く理解することができる。

においの評価は他の感覚と比べて難しいからこそ、においを言語化し、広く共有することが非常に重要であると考えられる。食品のにおいは単に「良い」「悪い」と評価するのではなく、感覚要因、発生要因、化学要因それぞれの視点から整理し、理解を深めることが求められる。

① 感覚要因とは、においの特徴を言語化し、感覚ごとに用語を整理する視点である。

たとえば、野菜やハーブ類、未熟な果実では「青臭い」「グリーン香」と表現されることが多い。また、メイラード反応による加熱生成物や焙煎した種子類では、「ロースト感」や「香ばしい」と表現されることが一般的である。感覚的視点は、商品開発や製造処方の変更などによって生じたにおいの変化を迅速に把握し、共有する際に有効である。

② 発生要因とは、なぜそのにおいが生じ、どのように変化していくかを理解する視点である。

原料由来の場合には、品種、産地、季節の違いが影響することが考えられる。また、工程由来では、メイラード反応、酸化、発酵、酵素反応の進行度などが関与する。刻々と変化するにおいの把握にも役立ち、条件の違いがにおいに与える影響を検討する手助けとなる。

③ 化学要因は、におい物質の化学構造に由来する特徴を理解する上で重要である。

においは物質が嗅覚受容体に結合することで知覚されるため、化学構造に基づいて特徴や類似性を大別することが可能である。たとえば、かんきつ類に多く含まれるテルペン類は、さわやかで、かんきつ様の香りを呈するものが多い。また、穀類やナッツ類を加熱した際に生じる香ばしい焙煎香は、主にピラジン類によるものである。化学的視点は、どのようなにおいが発生しやすいか、条件による生成の程度を予測する際にも有用であり、機器分析による成分推定と官能評価を結び付けるためにも重要な考え方である。これら三つの視点を組み合わせることで、食品のにおいは「あいまいな印象」から「解像度の高い理解」へと深まっていく。

5. おわりに

食品における香りは、異臭によるクレーム対応や品質管理のための日常的なモニタリング、さらには商品開発においても、切り離すことのできない重要な要素である。一方で、人による官能評価では、パネラーの育成や維持、評価結果の客観性確保に課題を感じている方も多いのではないだろうか。機器による香気分析はより客観的な評価を可能にし、品質管理や商品開発において重要な役割を担っていると考えられる。弊財団ではこれからも科学的根拠に基づいたデータの提供を通じて、食品業界の発展に寄与できるよう努めていく。

参考文献

1)
食品機能 ― 機能性食品創製の基盤 ― 学会出版センター(1988)
2)
日本化学会編:味とにおいの分子認識 季刊化学総説 No.40
3)
嗅覚の基礎と臨床 日耳鼻 123:557-562(2020)
4)
におい受容のしくみ ― 嗅上皮から嗅球まで におい・かおり環境学会誌 35巻4号(2004)
5)
香りとおいしさ:食品科学のなかの嗅覚研究 化学と生物 Vol.45, No.8(2007)