PCRとリアルタイム PCR

一般財団法人 食品分析開発センターSUNATEC

微生物検査室

PCR(Polymerase Chain Reaction)法は迅速にDNAを複製増幅させる手法として1983年にキャリー・マリスによって考案され、現在では分子生物学上欠かせないツールの1つとなっています。最近では、新型コロナウイルスの診断方法として一般にも広く知られる名称となりました。今回はPCR法について解説します。

DNAの構造

DNAは生物の遺伝物質として知られており、その最小単位はデオキシリボース(五炭糖)とリン酸、塩基から成るヌクレオチドです。塩基にはアデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)の4種類があり、このヌクレオチドの重合体のポリヌクレオチド鎖が2本集まって「二重らせん構造」を形成しています。

図1.DNAの構造

特徴的なのは、二重らせんの内側で塩基対を形成していることで、AとT、GとCが水素結合により塩基対となっています。遺伝情報の翻訳や複製の際にDNAヘリカーゼと呼ばれる酵素により二本鎖がほどけ、情報をコピーしたりDNA合成酵素によって複製が行われたりしますが、温度やpHを調整することで人為的に二本鎖をほどいたり再生させたりすることができます。この原理を利用してDNAを増幅させる手法がPCR法です。

PCR法

前述の原理を応用し、人工的にDNAを増やす方法の1つがPCR法です。PCR法の基本的な手法としては、増幅したい鋳型DNA配列に対し相補的な短いDNA断片(プライマー)対を混合し、DNA合成酵素によりプライマー対間のDNA配列を合成するものです。

DNAは95℃程度に加熱すると2本鎖が1本鎖に解離する性質(変性)があり、温度下降によって1本鎖のDNAは相補的な部分が2本鎖に戻ります。DNAが2本鎖に戻る際、相補的な短鎖のプライマーとDNA合成酵素が存在すれば、元のDNAにプライマーが結合(アニーリング)して2本鎖になり、それを起点としてDNAの合成が行われます。この反応によって元々1組だったDNA鎖は2組に増え、以降このDNA変性→結合(アニーリング)→合成の一連の操作を繰り返すことでDNA鎖は倍々に増加していきます。この工程を同一サンプルに20回繰り返した場合、増幅されるDNAは2の20乗=約100万倍になります。初期のPCR法はDNA合成酵素が熱によって失活していたため、操作毎にDNA合成酵素を追加する必要がありましたが、1986年に耐熱性DNA合成酵素(Taq)を応用することが見いだされ、また、機材にペルチェ素子等を用いることで温度コントロールが簡便となり、PCR法はチューブにサンプルと試薬を入れればあとは機械が自動でDNA合成を行うまでに進化しました。

図2.PCR法の原理

PCR法の検査への応用

PCR法は、元々はDNAを増幅させるための手法ですが、プライマー対の配列を変更することで特定遺伝子の検出ツールとしても利用が可能になります。例えば、腸管出血性大腸菌の持つ志賀毒素(Stx)遺伝子のみが持つ配列を用いてPCRを行い、DNA増幅が認められればStx遺伝子の存在証明=腸管出血性大腸菌の存在証明と考えることができます。この検出法はプライマー対の配列を変更するだけで病原体を含む多種多様の遺伝子に対応でき、迅速であるため、現在では多くの病原体の検出に応用されています。

RT-PCR法

新型コロナウイルスなど一部のウイルスはDNAを持たず、一本鎖のRNAを遺伝情報として持っています。PCR法はDNAを増幅させる手法であるため、RNAに対してはそのままPCRを行うことができません。そこで、RNA→DNAへの変換酵素(逆転写酵素)を用い、一旦DNAに変換してからPCRを行うことで、細胞内で発現しているmRNAやRNAウイルスを検出することが可能になりました。この手法は逆転写酵素(Reverse transcriptase)の頭文字をとってRT-PCRと呼ばれています。

リアルタイムPCR法とリアルタイム RT-PCR法

PCR法で標的DNAを100万倍以上に増幅することが可能となりましたが、増幅されたDNAが存在するかどうかは電気泳動等の手法で確認せざるを得ず、PCR反応後、さらに1時間程度を必要としていました。これを解決したのがリアルタイム PCR法です。リアルタイム PCR法はPCR法に加え、DNA合成が行われる際に光を発する仕組みを組み入れておき、発光量を測定することでDNA合成が行われたかどうかを確認する手法です。これにより、DNA合成が行われているかどうかを即時(リアルタイム)にモニター上で確認することができ、特異遺伝子検出を目的としたPCR法のさらなる迅速化につながりました。現在用いられている手法としては、光を発する仕組みの違いにより、インターカレーター法とハイブリダイゼーション法(TaqManプローブ法など)があります。

RNAが標的の場合はRT-PCR法と同じく、逆転写酵素を用いることでリアルタイム PCR法によるRNAの検出が可能になります。この場合、正確にはリアルタイム RT-PCR法というべきですが、近年の新型コロナウイルス検出ではリアルタイム PCR法と述べられているものが多く見受けられます。

図3.リアルタイムPCR(装置と反応例)

最後に

DNAを複製増幅させる手法として発明されたPCR法は、今回取り上げた事例を始め、様々な分野に応用されてきています。特に、PCR法の強みである「プライマー配列を変更するだけで多種多様な事例に応用可能」、「迅速に結果が得られる」という点で、今後も有用なツールとして活用されていくものと思われます。