食品クレームとDNA塩基配列を用いた微生物の同定

一般財団法人 食品分析開発センターSUNATEC

微生物検査室

1. はじめに

DNA塩基配列を用いた微生物の同定は、その迅速性や簡便性から、食品クレームにおける原因究明法の一つとして広く使用されています。一般的な微生物検査では食品の衛生指標として微生物数を測定することや、病原微生物を検出することを目的としますが、DNA塩基配列を用いた同定法は生物種の決定が目的であり、同定された微生物の分布や生育条件を調べることによって、汚染経路の推測や原因微生物の制御など食品クレームの再発防止に役立てることができます。本稿では、DNA塩基配列を用いた微生物の同定法と、当財団における同定検査の結果事例を紹介します。

2. DNA塩基配列を用いた微生物の同定

DNA塩基配列を用いた微生物の同定とは、対象の未知微生物が有しているDNA上の遺伝子の一部を増幅させてから解読し、データベース上の既知微生物のDNA塩基配列と比較してどの程度一致するかの照合(配列相同性解析)を行うことで生物種を決定するものです(図1)。

図1.DNA塩基配列を用いた微生物の同定

微生物の同定を行うにあたり、まずはDNA抽出の対象となる微生物の単離が必要となります。微生物を単離するには使用する培地、培養温度、時間などを組み合わせて微生物を生育させます。微生物を原因とする食品のクレーム品の場合、その変敗状況から原因となる微生物が推測できる場合があります。表1に示したように食品の変敗現象やクレームの発生状況から原因微生物を推測し、推測される微生物に適した培養条件を検討しながら原因菌の単離を進めていきます。

表1:食品の変敗現象と主な原因微生物

変敗現象 変敗の詳細 原因微生物
変色 黄色 Micrococcus属など
緑色 Pseudomonas属など
赤色 Serratia属など
ネト(粘質化) 食品表面などの粘質化 Bacillus属など種々の細菌
膨張 好気代謝によるガス産生 細菌、乳酸菌、カビ
アルコール発酵に伴うガス産生 酵母
異臭 酸臭 乳酸菌
嫌悪感を伴う激しい腐敗臭 嫌気性菌
アルコール臭、シンナー臭 酵母
カビ臭、土臭、薬品臭 カビ、放線菌

3.当財団にご依頼頂いた同定検査における微生物検出事例

当財団にご依頼いただいた微生物の同定検査の件数内訳を図2に示します。ご依頼数としては細菌が最も多く、その次にカビ、酵母と続きます。ご依頼背景の多くはクレーム原因の調査であり、近年では消費者の食品の安全に対する意識が高くなっていることから、その依頼数は増加傾向にあります。

図2. 同定検査の微生物の内訳

図3. 細菌の内訳

細菌の同定検査では、変敗品の原因調査だけでなく、培養法による検査結果の考察や、ご依頼者の自社検査で検出されたコロニーに関する相談も多くいただいています。同定検査の結果(図3)の中で上位を占めるのは、土壌菌であるBacillus属やPaenibacillus属です。これらは、加熱やアルコール、UVに耐性をもつ芽胞を形成するため、製造工程で死滅させにくい細菌です。Enterobacter属、Staphylococcus属、Lactobacillus属は、ヒトを含む動物の表皮・腸内常在菌であり、製造工程における二次汚染菌として混入しやすく、検出率が高い傾向にあります。Lactobacillus属をはじめとするLeuconostoc属やEnterococcus属などの乳酸菌は、食品腐敗菌としても広く知られており、中でもLeuconostoc属やEnterococcus属などの一部の種は80℃、20~30分の加熱でも生存し、酸敗や膨張などの原因となります。

図4. カビの内訳

図5. 酵母の内訳

続いて多いのはカビの事例で、カビは食品の外観に大きな影響を与えます。異物検査としてもご依頼いただき、カビ毒産生との関連についてご相談いただくこともあります。同定されたカビ(図4)のうち、上位はPenicillium属、Aspergillus属、Cladosporium属です。これらはそれぞれアオカビ、コウジカビ、クロカビとも呼ばれ、食品だけでなく住居や資材など、環境全般の汚染カビとして頻繁に検出されています。Penicillium属とCladosporium属は低温に強く、冷蔵庫などの低温度帯でも成長が可能です。また、Penicillium属とAspergillus属は乾燥に強く、カビが生える場所のイメージとして一般的なジメジメした環境でなくとも生育することができます(主にナッツ類や穀類等に分布)。このような生育範囲の広さが、これらのカビによる汚染の多さの要因の一つとなっています。

後に続くEurotium属とWallemia属は好乾性のカビで、菓子類やジャム類などの水分活性の低い食品のほか、書籍、カメラレンズ、靴、ダンボールなどにも生育します。

酵母の同定検査の結果を図5に示します。一般的に酵母は浸透圧に耐性を持っており、高塩分食品や高糖質食品にも生育できるほか、アルコール資化性を持つなど制御の難しい微生物です。製品の膨張や、変色といった事例で多く検出されます。

事例数の上位はCandida属であり、食品をはじめヒト・動物にも広く分布します。続いて強いアルコール発酵能を持つZygosaccharomyces属やPichia属、そして水回りにおける所謂「ピンクぬめり」として知られるRhodotorula属となっています。

おわりに

食品クレームの原因となった微生物がどのような種類であるかを調べることで、その生育条件や殺菌方法、また過去の発生事例を知ることができます。そのため、DNA塩基配列を用いた微生物の同定法は、食品変敗の原因特定・再発防止への強力なアプローチ方法の一つといえます。

食品クレームについてお困りごとがございましたら、お気軽に当財団にご相談下さい。

参考文献

かび検査マニュアルカラー図譜、高鳥浩介 監修、株式会社 テクノシステム(2002)

食品のカビⅠ 基礎編 食品のカビ汚染と危害、宇田川俊一 編、幸書房(2004)

食品の腐敗と微生物、藤井建夫 著、株式会社 幸書房(2012)

食品微生物Ⅰ 基礎編 食品微生物の科学 第三版、清水潮 編、株式会社 幸書房(2012)

Fungi and Food Spoilage 4th Edition、John I.Pitt 著、Springer(2022)