私ども食品分析開発センターSUNATECは、三重県四日市に拠点を置く食品分析機関です。
今回は当財団の拠点である三重県四日市出身の細菌学者坂崎利一先生に所縁のある細菌クロノバクター・サカザキ(Cronobacter sakazakii)ついて紹介します。
坂崎利一先生は1920年8月に三重県四日市に出生、2002年1月に永眠されるまで、日本の細菌学の発展に多大なる功績を残されており、日本における腸炎ビブリオ、腸管病原性大腸菌、カンピロバクターなどの検出に貢献されました。また、細菌学に関する書籍も多く執筆されており、培地学、食水系感染症と細菌性食中毒に関する書籍は、食品衛生、公衆衛生の分野に関わる者の参考資料となっており、当財団の検査室でも複数所有しています。
今回、紹介するクロノバクター・サカザキ(Cronobacter sakazakii)は、腸内細菌科の研究に多大な功績があった坂崎先生に献名されました。
本菌は当初、形態学的特徴から黄色色素を産生する Enterobacter cloacae と同定されていました。しかし、1976 年に Steigerwalt らが色素産生株と非産生株は性状が異なることから同一種でないことを報告し、1980 年に Farmer らが Enterobacter sakazakii としました。さらに分子生物学的検討から 2008 年に、Iversen らによって Cronobacter sakazakii と命名され現在にいたっています。
C.sakazakii は、ヒトや動物の腸管および自然環境下に広く分布します。通性嫌気性グラム陰性桿菌で腸内細菌科に属し、芽胞は形成しません。発育至適温度は37~43℃で、6℃でも増殖が可能です。本菌は乾燥状態での生残性が高く、粉乳や乾燥野菜等の食品から分離されています。また、発酵パン、発酵飲料、レトルト食品、野菜および肉製品など多岐にわたる食品からも分離されています。耐熱性については、一般的な腸内細菌科菌群の細菌と比較して、高い傾向があります。
C.sakazakii の病原性について、健康な人が本菌にさらされても発症することはほとんどありません。しかし、乳幼児(特に未熟児、低体重出生児および免疫不全児)では重篤な症状を引き起こすことがあります。
乳児用調製粉乳(粉乳)を介した感染例が多数報告されていることから、粉乳が乳児の感染および疾患の原因になり得ると 2004 年の FDA/WHO 合同専門家会議で結論づけられました。国内での食品の汚染実態は、厚生労働省科学班によって 2005 年から国内の市販乳児用調製粉乳を対象に実施され、各年度 2~4%の検体から本菌が分離されています。日本の製品に含まれる菌数はごくわずかで、333g 中に 1 個と報告されています。
乳児用調製粉乳の菌数は可能な限り低く製造されていますが、本菌が広く自然界に存在することから、開封後や調乳時にも混入することが想定されます。
C.sakazakii は、一般的な腸内細菌科菌群の細菌と比較して高い耐熱性を有しますが、70℃以上のお湯で殺菌が可能です。しかしながら、調乳後、哺乳瓶を置いている間に飲み口などから菌が混入することがあります。WHOの「乳児用調製粉乳の安全な調乳、保存及び取扱いに関するガイドライン」によると、調乳後、2 時間以内に使用しなかったミルクは廃棄することとされています。本ガイドラインでは、乳児用調製粉乳について、製造工程で無菌にすることは困難であり、また、開封後に病原微生物に汚染されるおそれもあることから、乳児用調製粉乳の安全な調乳、保存及び取扱いの方法を定めています。乳児のリスクを最小限に抑えるためにも、適切な調乳を行う必要があります。
なお、日本では2018年に「乳及び乳製品の成分規格に等に関する省令」及び「食品、添加物等の規格基準」を改正・施行したことで、調製液状乳(液体ミルク)の製造、販売が可能となりました。乳児用液体ミルクは乳児が安全に飲めるように滅菌されているので、そのまま乳児に与えることができます。お湯が用意できない外出時や災害時には、乳児用液体ミルクを利用することも一案です。
今回、四日市出身の坂崎先生の功績を改めて回想し、C.sakazakii を紹介しました。C.sakazakii に関する注意喚起の内容ですが、2023年5月31日にも内閣府食品安全委員会から出されています。
本菌について、必要以上に恐れることはなく、粉乳を使用される際は70℃以上のお湯を使って調乳し、冷ました後は速やかに消費することで、乳幼児をリスクから守りたいものです。