当財団の異物検査から見る異物クレームの実態とその対策

一般財団法人 食品分析開発センターSUNATEC

衛生管理支援部門

加藤 由佳

1. はじめに

消費者からの異物の苦情は、社会的信用を著しく損なう非常に大きな問題に発展する危険があります。特に近年のSNSによる情報の拡散性は高く、写真付きで投稿されたクレームが瞬く間に波及してしまう事例が散見されます。

東京都福祉保健局によると、2019年度の食品の苦情件数は4849件、その内訳で異物混入件数は660件と報告されています(図1参照)。苦情件数は2014年度をピークに減少傾向にあり、異物混入件数も2014〜2015年度は約1000件/年で推移していましたが、2019年度は660件と減少しています。これは、異物クレームに対する企業の危機意識の高まりから、様々な対策を徹底した結果、異物混入した製品が消費者に届くのを予防できたと推測できます。

しかしながら、原料の管理から出荷に至るまで異物混入のリスクを完全に排除することは非常に難しいものです。対策には、過去の事例を参考にして、異物混入が起きやすい工程を重点的に見直す方法が効果的です。

そこで今回は、当財団で実施した異物検査事例をもとに、異物混入が疑われた際の適切な対応と、その後の対策について概説します。

図1 食品の苦情件数と、苦情の内、異物混入件数の推移(東京都福祉保健局)

2. 当財団における異物検査の実情と傾向

当財団で実施したここ10年の異物検査結果を種類別にみると、「樹脂」、「金属」、「食品の成分に起因する異物」が多くありました(図2参照)。「食品の成分に起因する異物」とは、食品原材料に由来する成分や物質が、析出・異形・焦げなど何らかの理由により「異物」と認識されたものを分類しています。

図2 異物の種類別割合(当財団で実施した異物検査の統計より)

 

食品事業者様から異物検査をご依頼いただく目的は、企業内で発見された異物の混入原因究明、クレームの対応、比較品としての設備・器具・包材の材質確認など様々です。その中でご依頼が多くなっているのが、企業内で出荷前に発見された異物です。やはり、消費者クレームを未然に防ぐ意識が高まっていると言えます。このメルマガを読んでいただいている皆さまの現場においても、市場に出る前に異物を発見できる体制が強化されているのではないでしょうか。しかし、異物を発見しただけでは十分とは言えません。再発防止を図るためには異物を特定する検査を行い、その結果をもとに真の原因を突き止める必要があるのです。

3. これまでの異物検査の対応から考える望まれる異物検査の手法と解析

原因を追究するためには目視観察だけではわからない場合があります。ここでは当財団で実施した検査の中から、初見での予想と、検査結果が異なった事例を紹介します。

事例1:灰色の異物

図3:外観写真

図4:顕微鏡写真

こちらは焼菓子から発見された異物です(図3参照)。灰色でしたから、初見ではインクあるいは機械油による変色を疑いました。異常部分の中心から検体を採取して光学顕微鏡での観察を行った結果、黒い物質、食品由来と思われる油様物質とデンプン粒が観察できました(図4参照)。

黒い物質を取り出して付着物を取り除き、フーリエ変換赤外分光光度計(FT-IR)で測定すると、フッ素ゴムのIRスペクトルと一致したため、フッ素ゴムの破片が練り込まれたものと推測されました(図5参照)。

図5:FT-IRスペクトル

異物は製品の中から発見されました。検査結果から、原材料混合から焼成までの工程で、フッ素ゴムを含む灰色の異物が混入したと推定されました。フッ素ゴムは、原料や製品が接触する工程の備品、例えば、耐熱性・耐油性を必要とする工程のパッキンなどに使用されています。これが劣化もしくは摩耗によって一部が削れて混入した可能性が考えられます。

事例2:灰色の樹脂様異物

図6:外観写真

図7:顕微鏡写

異物は、うどんの生麺の表面に付着した状態で発見されたもので、灰色の樹脂片のように見えました(図6参照)。異常部分を少量採取して水に入れると容易に懸濁液になり、その懸濁液を光学顕微鏡で観察すると、黒い物質、食品由来と思われるデンプン粒が認められました(図7参照)。また、黒い物質には、磁性がありました。

異常部分をFT-IRで測定すると、タンパク質及びデンプンに由来するピークが認められ、正常部分のIRスペクトルとほぼ一致していました(図8参照)。つまり、主成分はうどんの生麺であると推察できます。続いてエネルギー分散型X線分析装置(EDX)で、異常部分の黒い物質を中心に測定すると、Fe(鉄)、Cr(クロム)及びNi(ニッケル)が検出されました(図9参照)。

図8:FT-IRスペクトル(上段:異常部分、下段:正常部分)

 

図9:EDXチャート

以上の結果を総合的に考えると、異物の主成分はうどんの生麺と同様であり、そこにFe(鉄)、Cr(クロム)及びNi(ニッケル)といった金属小片、おそらくステンレス合金が練り込まれたものと推測されました。ステンレス合金は、食品工場の機器や備品にも多く使用されているので、これが劣化もしくは摩耗によりうどんの生麺に混入し、工程中に残存していた可能性が高いと考えられます。また、異物の発見時の状態から、異物は切り出しからゆでの過程で付着したと推測されました。

 

これらの事例のように、目視観察のみでは異物推定が難しい場合がありますが、目視観察のみで異物推定を誤ってしまうと、間違った対応をしてしまう可能性が高くなり、それによる原因究明の遅れは企業にとって致命的な問題にもなりかねません。そのため、「その異物が何か?」を正確に把握するために、さまざまな可能性を視野に入れて、検査を実施することが非常に重要であると言えます。

4. 異物検査から見える異物発生防止対策

異物の特定後は、混入箇所を推定して拡散性や連続性を把握し、再発防止対策を実施する必要があります。日頃から製造ラインでのリスク箇所ならびに製造工程や原料に使用されている設備・器具・包材などの材質や構造を把握しておくと、異物混入箇所の推定がしやすく、迅速な対応も可能になります。また、異物発見時の異物の存在状態(付着していたのか、埋め込まれていたのか)も大切な手がかりのひとつです。

但し、異物の混入箇所と原因が特定されればそれでよいわけではありません。他の製造ライン、他の工場においても同様の異物混入が発生する可能性がある箇所がないか、さらには設備全体のリスクを再確認し、リスクがある場所はどこなのか、過去に確認された異物発生要因と対策を共有した上で、再発防止の仕組みを作り、運用する必要があります。そして、その仕組みを関係者に周知し、維持できるように教育を行うことが大切です。

現在、日本では、2018年6月に食品衛生法改正によるHACCPに沿った衛生管理の制度化が公布され、猶予期間を経て2021年6月に完全施行となりました。すべての食品事業者は、食品又は食品添加物の製造・加工・調理などの各工程において食品衛生上の危害を発生させ得る要因(危害要因)を抽出、分析、対策することが求められます。

HACCPにおける物理的危害要因とは、健康危害を生じる恐れのある「異物」を意味していますが、それだけでは十分とは言えません。この「異物」の定義から外れますが、消費者が毛髪や虫、紙片・繊維なども異物だと判断してしまうのが実情です。

だからこそ、食品事業者の皆さまがHACCPの危害要因分析を実施する際には、消費者が認識する異物混入まで危害要因の範囲を拡大して徹底的に異物リスクを排除しなければなりません。それには抜け落ちがないようにリスクを抽出し、異物を入れない・除去する、異常を察知する継続的な取り組みを実践していく必要があるのです。

5. さいごに

異物混入が発覚した場合、食品事業者は、できるだけ短い時間で異物の特定を行い、その結果を受けて論理的に間違いがないと考えられる混入箇所と原因を突き止めなければなりません。そして、対象ロットの絞り込み等、異物が混入した疑いのある範囲を把握することが求められます。異物の正確な把握のためには、目視検査などの人に依存する判断だけではなく、状況に応じて各種機器分析の測定データによる総合的な判断が必要です。

また、混入異物の履歴は、食品事業者ごとに特徴のある貴重な情報です。一時的な対応に使用するだけでなく、異物混入データ集として有効活用することができます。どの工程で、どういった異物が混入しやすいかというデータの継続的な解析は、今後の異物クレームの予防に繋がります。

 

当財団では、異物の検査結果の報告に加えて、衛生管理支援部門が今までの実績を活かした支援もさせて頂きます。各食品事業者様の実情に応じて、現場調査を実施し、根本的な発生原因の究明や、異物混入しやすい箇所や工程への注意喚起などの異物リスクの未然防止対策などの支援を実施しております。さらに、従業員様に向けて異物リスク管理に関するセミナーを実施し、従業員様の異物管理対策への知識提供と意識の向上のお手伝いもしております。

異物検査と、異物混入を予防する最適なサポートに興味をお持ちの方は、お気軽にお問い合わせください。

参考文献

1)
早わかり栄養成分表示Q&A 中央法規出版株式会社 (2017)
2)
食品衛生検査指針 理化学編 追補2019 第10章 異物, 公益社団法人日本食品衛生協会(2019)
3)
最新の異物混入防止技術, 緒方一喜ら 編, 株式会社 フジ・テクノシステム(2000)

略歴

2007年9月 一般財団法人 食品分析開発センターSUNATEC入所

第一理化学検査室、第二理化学検査室、微生物検査室を経て現職