農業用殺虫剤について

一般財団法人 食品分析開発センター SUNATEC

第二理化学検査室

1. はじめに

秋も深まり、もうすぐ冬。夜に虫の声が聞ける季節ももう終わりだろうか。季節を感じられる虫は風流でよいのだが、農業においては農作物を食い荒らしてしまう厄介な害虫も多い。日本は温暖湿潤な気候のため、害虫が発生しやすく、農作物が被害を受けやすい。収穫量を保つためには殺虫剤の利用は必要不可欠である一方、それらを使用することで食品や環境への残留性の問題などマイナスの要因をもちあわせている。殺虫剤について正しい知識を持ち、適正に管理していくことが重要である。

本稿では殺虫剤の作用機構とその分類について紹介する。

2. 殺虫剤とは

殺虫剤とは農作物を害虫から防除する目的のために使用する薬剤であり、農薬取締法において農薬と定義されている一種である。殺虫剤は、害虫が殺虫剤に接触したり、呼吸により吸い込んだり、殺虫剤が散布された植物を食することにより害虫の体内に侵入する。その後、害虫の「神経系」、「エネルギー代謝」、「生長制御」※1などに作用し、死に至らせる効果を示すものである。作用機構の違いによって以下のグループに分類される。

・「神経系」に作用する殺虫剤

人も同じであるが、虫は触れたり見たりして受けた刺激をシグナルとして脳へ伝達し、さらに脳から行動を支持するシグナルが手足などに伝達されることで行動を起こすことができる。このグループに属する殺虫剤は、神経系での伝達を阻害することで、害虫を死に至らせる。作用する神経系の場所は様々だが、多くの殺虫剤はこのタイプであり、一般的に速効性がある。

・「エネルギー代謝」に作用する殺虫剤

虫は、呼吸によって取り入れた酸素をエネルギーに代えて活動している。このグループに属する殺虫剤は、エネルギーの合成過程を阻害することで生命維持のエネルギーが枯渇し、死に至らせる。

・「生長制御」に作用する殺虫剤

昆虫の表皮はタンパク質とキチン質を主成分としており、この表皮はヒトなどの皮膚とは違って硬く、脱皮を繰り返しながら成長する。このグループに属する殺虫剤は、脱皮や変態のタイミングを乱し、不完全脱皮や早熟変態を引き起こし、死に至らせる。または、表皮の成分であるキチンの生成を阻害することで死に至らせる。これらは、昆虫特有の機能に作用するため、ヒトには低毒性である。

3. IRAC作用機構分類

同じ殺虫剤を使い続けていると殺虫効果が低下してくる。これは、薬剤抵抗性を持つものが突然変異として発生し、その割合が増えたことによるものである。何年も研究を行いやっと使用許可を得た殺虫剤だが、効かないとなると、また新たな作用機構による殺虫剤の開発に取り組まなければならず、殺虫剤の開発はどんどん難航していく。この状況が起こらないように、異なる作用機構の殺虫剤をローテーションして使うことで薬剤抵抗性の発達を遅らせることが重要である。殺虫剤がどの作用機構によるのかを分類したものにIRAC作用機構分類(IRACコード)というものがある。国際団体CropLife Internationalの殺虫剤抵抗性対策委員会(IRAC:Insecticide Resistance Action Committee※2)がまとめた殺虫剤を作用機構別に分類した表である。殺菌剤にはFRACコード、除草剤にはHRACコードがあり、これら3つを総称してRACコードと呼ばれる。※3 IRAC コードの異なる殺虫剤のローテーションを行うことで同じ作用機構の殺虫剤の連用を避けることができ、薬剤抵抗性の発達を遅らせることができる。近年では、薬剤ラベルに表記されるようになってきており、農業従事者にも認知されつつある。

 

IRAC作用機構分類 一部抜粋

作用機構 主要グループ サブグループ 農薬(有効成分)名
「神経系」に作用する殺虫剤 1
アセチルコリンエステラーゼ(AChE)阻害
1A
カーバメート系

アラニカルブ

カルバリル

カルボフラン

ベンフラカルブ

メソミル

1B
有機リン系

アセフェート

クロルピリホス

クロルピリホスメチル

マラチオン

メタミドホス

「神経系」に作用する殺虫剤 2
GABA作動性塩化物イオンチャネルブロッカー
2A
環状ジエン有機塩素系

クロルデン

ベンゾエピン

2B
フェニルピラゾール系

フィプロニル

「神経系」に作用する殺虫剤 3
ナトリウムチャネルモジュレーター
3A
ピレストロイド系
ピレトリン系

アクリナトリン

ビフェントリン

シハロトリン

シペルメトリン

エトフェンプロックス

3B
DDT

DDT

「神経系」に作用する殺虫剤 4
ニコチン性アセチルコリン受容体(nAChR)競合的モジュレーター
4A
ネオニコチノイド系

アセタミプリド

クロチアニジン

ジノテフラン

イミダクロプリド

ニテンピラム

チアクロプリド

チアメトキサム

4B
ニコチン

硫酸ニコチン

4C
スルホキシイミン系

スルホキサフロル

4D
ブテノライド系

フルピラジフロン

4E
メソイオン系

トリフルメゾピリム

4F
ピリジリデン系

フルピリミン

「神経系」に作用する殺虫剤 5
ニコチン性アセチルコリン受容体(nAChR)アロステリックモジュレーター-部位I-
スピノシン系

スピネトラム

スピノサド

「エネルギー代謝」に作用する殺虫剤 12
ミトコンドリアATP合成酵素阻害剤
12A

ジアフェンチウロン

12B
有機スズ系殺ダニ剤

アゾシクロチン

シヘキサチン

酸化フェンブタスズ

12C
プロパルギット

プロパルギット

「エネルギー代謝」に作用する殺虫剤 13
プロトン勾配を撹乱する酸化的リン酸化脱共役剤
ピロール系

クロルフェナピル

「生長制御」に作用する殺虫剤 15
CHS1に作用するキチン生合成阻害剤
ベンゾイル尿素系

ジフルベンズロン

ルフェヌロン

「生長制御」に作用する殺虫剤 16
キチン生合成阻害剤 タイプ1
ブプロフェジン

ブプロフェジン

「神経系」に作用する殺虫剤 22
電位依存性ナトリウムチャネルブロッカー
22A
オキサジアゾン系

インドキサカルブ

22B
セミカルバゾン系

メタフルミゾン

「生長制御」に作用する殺虫剤 23
アセチルCoAカルボキシラーゼ阻害剤
テトロン酸及びテトラミン酸誘導体

スピロメシフェン

スピロテトラマト

「エネルギー代謝」に作用する殺虫剤 25
ミトコンドリア電子伝達系複合体Ⅱ阻害剤
25A
β-ケトニル誘導体

シエノピラフェン

シフルメトフェン

25B
カルボキサニリド系

ピフルブミド

「神経系」に作用する殺虫剤 28
リアノジン受容体モジュレーター
ジアミド系

クロラントラニリプロール

シアントラニリプロール

フルベンジアミド

4. おわりに

殺虫剤を有効に長く使用し続けていくためには、作用機構の異なるいくつかの薬剤をローテーションで使用することが必要である。一方、使用する殺虫剤の種類が多くなれば管理の負担も同時に増えていく。管理の行き届かない農薬の使用は基準値を超える農薬の残留につながりかねず非常に危険である。

ご存じのように日本において、残留農薬にはポジティブリスト制度が導入されており、本来検出しないであろう農薬の基準値は非常に厳しく設定されている。このような農薬の不適切使用の確認の場合には、使用した農薬の個別農薬分析をおこなうだけでなく、一度にたくさんの農薬を検査できる一斉分析法などを組み合わせることで分析値が基準値を超えていないか確認するリスク管理をおすすめする。

 

※1
細貝祐太郎・松本昌雄「食品安全性セミナー3 残留農薬」中央法規出版、2002年5月1日発行、p46-58
※2
IRAC HP
https://irac-online.org/
※3
JCPA農業工業会 HP
RACコード(農薬の作用機構分類)、IRACの作用機構分類体系(第10.3版、2022年6月発行)
https://www.jcpa.or.jp/labo/mechanism.html