近赤外分光法により、検体の成分の定量検査を行う場合には、予め、スペクトルから成分値を算出するための検量線を作成する必要がある。例えば、検量線の作成時に、多変量解析として重回帰分析を使用する場合、Yを対象とする成分の推定値(近赤外分光法による予測値)、X(λi)を波長λiにおける吸光度や吸光度の二次微分値等、A iを比例定数とすると、対象とする成分値Yは、以下の式で回帰される。
Y = A0 + A1X(λ1) + A2X(λ2) + A3X(λ3) + ・・・
液体クロマトグラフによる定量検査の様に、通常、標準物質を用いて作成した検量線を使用する検査では、濃度範囲や検量点の間隔を鑑みて意図的に設定した濃度の標準液を用いて検量線を作成し、その検量線の評価は、直線性(相関係数)、傾き、切片等で評価することが多い。一方、近赤外分光法では、検体の近赤外スペクトルと従来法による検査結果から検量線を作成するため、検体中の目的成分の含量を意図的に調整できる場合もあるが、天然物の様に目的成分の含量を調整できない、又は調整に手間を要することが多く、特に、天然物の場合、無作為に検体を準備すると、従来法による検査結果は、正規分布を持つ集団となることが多い。また、製品規格値を持つ化学合成品等の場合には、規格幅の中央値付近や一定の値に偏ることが多いと推測される。しかしながら、検量線を作成する場合には、将来、測定する検体の成分幅と同等以上の広い成分幅を持ち、かつ成分幅はできるだけ均一に分布することが望ましいため、これを鑑みた検体を準備することになる。また、検量線作成用の検体は、将来、検査するであろう対象検体の母集団を代表する検体でなければならず、母集団を代表しない検体を用いると、測定誤差が大きくなる可能性がある。天然物の場合には、品種、栽培時期、産地、収穫年次等の変動に対応した検体の選択が必要となる。
多変量解析によって検量線作成用の検体から検量線を作成する場合、近赤外分光法による予測値が従来法による検査結果によく合致する検量線が得られたとしても、目的とする成分以外の成分との偶発的な関係により見かけ上、良好な検量線となることがあり、必ずしも将来、測定する未知の検体の近赤外分光法による予測値を精度よく推定できるとは限らない。また、説明変数を増やすことにより、従来法による検査結果に必要以上に適合していくオーバーフィッティング(過剰適合)が発生することがある。このため、検量線の評価が重要となる。検量線作成用の検体とは別に検量線評価用の検体を使用し、近赤外分光法による予測値と従来法による検査結果との残差の標準偏差(予測標準誤差)により精度が評価される。この方法は、検量線作成用の検体と同数程度の検量線評価用の検体が必要となり、検体の準備の観点から現実的ではない場合があるため、検量線作成用の検体をn個のグループに分け、1グループのみを除外し、n-1グループ全体で検量線を作成した後、除外した1グループを評価用検体として予測を行い、この操作を全てのグループについて繰り返し、予測標準誤差により評価するクロスバリデーションが使用されることがある。一般に、多変量解析において、検量線評価時の標準誤差は、使用する説明変数の増加に伴い減少し、オーバーフィッティングにより、途中から増加し始めるが、検量線評価時の標準誤差が最小になる検量線が、検体に対して適合した検量線ということになる。
近赤外スペクトルは、検体の温度の影響を受けるため、日常の検査時の検体の温度の影響を鑑みて、予め、複数の異なる温度で近赤外スペクトルを測定し、温度補償型の検量線を作成する等、目的とする成分以外の情報を盛り込んだ検量線を作成することも可能である。
また、検量線は、一度作成したら永久的なものではなく、定期的な従来法による近赤外分光法による予測値の妥当性の評価や検量線の見直し等、維持管理が必要となる。
なお、近赤外分光法による定量検査における精度は、近赤外分光計の性能、検量線の作成方法、スペクトルの測定方法等だけでなく、従来法の検査の精度に依存することを忘れてはならない。